第4話 着付け教室 (前編)
ともかく自分で着物を着たい!
ある日そう思ってからの私の行動は 早かった。
いつもそうなら ミュージシャンとして
もすこし売れたかもしれないのにねえ(苦笑)。
時々着物を着ていらっしゃる知り合いのご婦人に
『着付けを教えてください』と 突然電話。
『私はまったくの自己流よ』とおっしゃるその方に
もうなにがなんでも教えて!と一歩も引かず
数日後には 着物一式持って押しかけた。
姿見を用意して待っていてくださったその方に
まず一度 着付けていただき それを脱いで 今度は自分で着てみる。
これでどうにかこうにか 着ることができてしまったんですね。
もちろんそばについて 声をかけていただきながら ですけどね。
筋がいい。 そう褒めていただいたのに気をよくして
(なにせ単細胞なので)
その数日後には 家でひとりで着付けて
親友であるイラストレーター 朝倉めぐみさん、 メグの個展を見に鎌倉へと 出かけてしまったのです。
…といっても さあ帯!ってときには
叫び声につられて寄って来た娘に助けてもらいましたが。
今思えば どんな着方だったか 冷や汗もの。
でもとにかく 着たい一心でがむしゃらに 突き進んだわけです。
それからは デパートの呉服売り場で時々催される
着付けの実演を 穴のあくほど 繰り返し見たり
森田空美さんの本についているDVDを見たりして
日々 精進。 結構きれいに着られるようになっていたのです。
だけど…
ここまで時間もお金もつぎこんだんだから…。
人に着付けたり 教えたり そんなこともやってみたい。
物足りなくなったわたしは ついに
着付け教室ってところへいってみようか …
そう思ってしまったのです。
でも いい噂は聞かない。
とにかく着物を買わされる怖い所。
そんなイメージは ないわけではなかったんだけれど
ええいっ 毒を食らえば皿まで!と 飛び込んだのです。
まさに 鴨ネギちゃん。
大きな所より 地元の中堅どころのほうが
着物を買わされる率も低いかなと思ったのですが
それは大きな誤算でした。
まず あなた筋がいいから(またまたコロリ)
インターンコースで勉強して ここの講師にならない?
そのほうがずっと料金も安くなるから…
まああの手この手の勧誘にまんまとのっかり
インターンコースで契約。
その教室の扱う和装小物一式から 講師としての看板料まで
全部で50万近い金額。
だけど そう 毒を食らえば皿まで!!
こわそっ と思いながら いけいけでした。
そして確かに おもしろかった。むちゃくちゃに。
まずは着物 帯を着付けやすいように畳んで
着付ける順に重ねて 準備。
下着 補正の付け方も一からやりなおし、
準備が整ったら 手をついてご挨拶から。
私は 普段自由気ままに生きているようでいて…
いや だからこそ?
こういう決まり事をきちっとなぞるやり方が
おもしろくて きもちいい。
先生と一対一でのお稽古は 瞬く間に過ぎ
夢中になりました。
普通科の終了試験は 留袖の自装(自分で着付け)20分…だったかな!?
それと留袖の他装(人に着付ける)15分。
毎日 家で タイマーをかけて特訓。
無駄な動きを排除して 静かに きれいに ひと手で。
真夏の暑い中 クーラーぎんぎんにして練習する私に
『えらいね』と
おちびからお褒めの言葉をいただくひたむきさでした(笑)。
なんとか合格。そして高等科へ。
今度は 数人のグループレッスン。
お互いがモデルとなって 振り袖の着付けの練習です。
よーしっ これで娘に振り袖 着せられるぞおっ。
希望はふくらみましたが お財布はからっぽに。
『絶対欠席はだめよ』のお言葉とともに
季節ごとに開かれる展示会。
色々な着物を見て 作家の先生にお話を伺える勉強のチャンス!
ってことになってるのだけれど
まあ要するに 教室が 着物展示会場となり
ひとたび足を踏み入れれば 手ぶらでは帰れない。
そういう所でありました。
そこで先生 と呼ばれていたのは
他の場所でも面識のある 大きな問屋のおにいさん。
うわあっ ここでは値引き交渉なしじゃんっ!!
と 目が点になる値段でしたが 先生方はにこやかに
『こんな値段じゃ 買えないわよー』とのたまう。
う うんたしかに こんな値段じゃ 高くてとても買えない!
なのに 買ってしまうんだねえ これが。
ひそやかに 隅の方で
『買っておかないと 講師になってから ずーーっと言われるわよ』
という 背中が冷たくなるようなお言葉に あとずさりしながら…ねえ。
それでも 日々のお稽古は楽しく
先生の手は 魔法のように しわくちゃなところなど
すっと触ると きれいにぴしっと整う。
ん やっぱこうなりたい。 ここまで来たからには!
そう思っていた年の瀬 教室から封筒が。
中を開けると 紙ペラ一枚。
えーーーーーっ?? あり得ない事態が。
つづきはまた この次とさせていただきましょう。
木村 真紀 (2010年7月06日)
【木村真紀流】 おきもの解説
森田空美さん
着物研究家。
『和楽』ほか雑誌や撮影現場での着付けで活躍。
スーツの中にもとけ込む都会的なコーディネイトが話題になっている。
posted: 2010.07.06